猫の額ほどの話 

猫好きshinnriko(シンリー)です。昨年より乳がん治療中です。術前抗がん剤を経て手術療法、そして再手術。転居後、大学病院で放射線治療を終え、1年3ヶ月のハーセプチン+タキソール治療。最近(2014年初夏)転移と思われていた肺の一部切除しました。

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16人に1人・・・6人目の話

16人に1人、女性の乳がんになる人の割合です。

本日は16人に1人の6人目の話を書きます。

私が知り合った乳がんの女性達の話です。

彼女とは夫の赴任先の栃木で知り合いました。
当事仕事を探していた私は学習塾経営をされている人とたまたまご一緒する機会があり、話をするうちに経営されている学習塾で働くことになりました。
彼女はそこで英語を教えていました。

彼女には子供がいませんでしたので、何年経っても、少女のような可憐さを残しているような人でした。
たぶんこの先何才になっても可憐さは失わない人なのだろうと思います。

彼女のご主人も、年齢よりもずっと若く見える方でした。
ご夫婦共にお洒落で、グルメで、いろいろな知識も豊富で、都会的なセンスを持ちあわせていました。
子供がいない夫婦というのはそんなものかと、若く見える二人を羨ましく見ていました。

彼女が病気をしたという話は4、5年前に聞きました。
どういう病気かはその時には判りませんでしたが、手術をしてから、相当な薬剤を体に入れて弱っているというような話を聞きました。

その後伊豆の断食を取り入れているサナトリウムで1週間か10日をかけて体内の毒素を取り除くために入院をしました。
入院といってもリゾートホテルのような感覚で泊れる施設です。
病院?ではなく宿泊施設なのかもしれません。
先生は病気にかかって免疫に興味を持った人なら誰でも知っているI先生です。
テレビや雑誌、御著書が多数ですので、ご存知の方も多いと思います。
基本は断食なのですが、にんじんリンゴジュース、生姜紅茶、黒砂糖などは摂取できるようです。
治療が進むと、だんだんとお粥が食べられるようなメニューになっていきます。

断食をして、どのような体の変化があったのか、詳しく聞いていないのですが、入院・治療中に体に入れられた毒を除きたかったのだということを話していました。

私も来年治療がひと段落したら、サナトリウムに行ってみたいと思っています。

昨年、彼女と何年かぶりに話しました。
たぶん彼女の病気は乳がんだったのではないかと、うすうす感じていましたので、私が乳がんになった話をすると、最初は驚いた様子でしたが、自分も乳がんだったと明かしてくれました。

私は抗がん剤AC療法が済んでタキソールハーセプチンを始める頃で、手術はしていないということに、少々疑問があったようでした。

分子標的薬のガン治療薬があり、ガン細胞だけを攻撃して、他の健全な細胞に害を与えないという薬が今は保険治療でできるのですよ」
「それがハーセプチンなのですよ」
と説明すると、まるで、我身のことのように喜んでいる様子が判りました。
彼女の言葉でいうと、
「ステキ!!」です。

新しいものに敏感で、頭の良い人ですので、彼女の乳がんがHer2陽性であるなら、当然知っていたでしょう。
ただ術後補助療法が認可になったのが2008年のことなので、彼女の手術後のことです。
本当に知らなかったのかもしれません。

自分の体に入った毒をすべて洗い流したいと思う抗がん剤。
抗がん剤をしないでハーセプチンだけなら、どんなに楽でしょう。
ハーセプチンは髪の毛も落ちませんし、口内炎もありません。
ですが、副作用は全くないわけではなく、発熱、悪寒、まれに心臓にダメージがある。
と言われています。
それも、ほんの僅かで他の抗がん剤とは比べ物にならないくらい楽なものです。
ただ単独では保険治療はできません。
標準治療では他の抗がん剤の後にハーセプチンの単体もしくは併用で接種されます。
私がACの後、ハーセプチン+タキソールその後、ハーセプチン単独のようにです。

すでにハーセプチン認可後いろいろな分子標的薬が認可されています。
抗がん剤と併用で使用しなくてもよい薬が標準治療となる時代も来るかもしれません。

抗がん剤は体の細胞にくまなく作用します。
毒と思えるほどに、強烈に。
それでも最近は吐き気止めの強力な薬を飲みますので、以前のような負担感は少なくなってはいますが…。

毒を入れないと生きられないという人が大勢います。
それが命綱だからです。
副作用がどうの、と言っていられない場合もあります。

でも毒と言われればどう見ても毒です。
毒を流したい気持ち、本当に判ります。
抗がん剤をした人なら、判る気持ちです。

【16人に1人…他の話】
16人に1人…1人目の話
16人に1人…2人目の話
16人に1人…3人目の話
16人に1人…4人目の話
16人に1人…5人目の話

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16人に1人・・・5人目の話

16人に1人、女性の乳がんになる人の割合です。

本日は16人に1人の5人目の話を書きます。

私が知り合った乳がんの女性達の話です。

私は一昨年の秋に九州のある病院に急性虫垂炎で入院しました。
症状は思ったより酷く、他の虫垂炎の患者より手術の傷跡は大きくなり、当然入院期間も長くなりました。

手術後は個室でしたが、差額ベッドを希望していたわけでなく、生憎他の部屋が一杯だったこともあり、個室に2日ばかり入っていました。
当然、個室希望の患者さんが入院するとその後は相部屋の病室に変わらざるえません。

入院はお産後初めてのことでした。
身内でもない他の人と僅かの間とはいえ、生活を共にするわけです。
それも病人という常ならざる体調で一緒にいる訳ですから、はたして私の性格で大丈夫なのだろうかと心配しました。

乳腺外科が有名な病院で、入院中入れ替わりはありましたが、外科病棟の6人部屋のその病室は3人が乳がん、後の2人が他のガンを患っている人でした。

私が部屋を替わったその日、乳がんの手術を終えた人が隣で寝ていました。
部屋中に響く大きなイビキに圧倒され、とうとうその夜はほとんど寝れませんでした。

彼女以外の人たちは一日中かったるく眠い目をショボショボしていたのですが、当の本人は朝になるとケロリとしたものです。
それでも手術した方の腕は力が入らず、片腕で何でもしなければなりません。
隣り合わせた縁もあるのでしょうから、食事やお茶を持っていってあげたり、軽い用事をしてあげてるうちに、少しずつ仲がよくなっていき、彼女の乳がんの話を聞くことになりました。

彼女は乳房全摘手術でした。
ガンの大きさがどのくらいだったのか、聞きそびれましたが、乳房温存手術も選択できたということです。
ですが、彼女は全摘を選択しました。
「今後の転移が怖かった」と言うのです。
「この方がすっきりした」と言うのです。

潔い選択なのか、臆病な選択なのか全く相反する感情が下した結論です。

私は、その話を聞きながら、乳房だけは取られたくはない、乳がんにだけはなりたくない。
と恐れました。
彼女の戸惑いながらの笑顔を前にして、裏腹に私は乳房に対する執着を胸に刻みました。

そして、それから1年もしないうちに私は乳がんになってしまいました。
乳がんになって最初に思ったことは、乳房温存手術にできるかどうかに拘りました。
私の乳がんの大きさは26mmありました。
30mm以下が温存の適用内だとすると、微妙な大きさです。

それでもアメリカで経験を積んだ外科部長の影響で病院自体が温存手術を励行する空気がありましたので、自然な流れで温存手術に向かって治療が始まりました。

温存手術の場合は抗がん剤で極力ガンを小さくさせた上で手術をするというのが主治医の説明でした。
その上に私はリンパ転移、肺転移があります。
抗がん剤で転移した部分を消滅させる以外はありません。

昨年9月から抗がん剤治療が始まりました。
現在は3週ごとの分子標的のハーセプチンで更に小さくしています。
ハーセプチンをするようになってからガンがある程度消えたと思っていましたが、4月時点での大きさが15mm、奥の部分に何となく触るものがあります。

毎日のように災いの固まりを触り、存在を確かめています。
その遅々とした僅かなる減少を期待しながら、ジリ貧する私に去来するのは手術後の彼女のとまどいの笑顔です。

乳房に対する少々の無念さを残しながら、何処となく戸惑う笑顔。

病状により、選択ができない全摘もあるでしょう。
ですが、彼女のように全摘か温存か自分で選択できる場合もあります。

全摘にして、転移を少なくする(当然取りきれない場合だってあります)。
温存にして、乳房を損失しない(大きな歪みはでるそうです)。

逃げ道のない、とても嫌な選択です。

戸惑う彼女の笑みが浮かびます。

【16人に1人…他の話】
16人に1人…1人目の話
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16人に1人…3人目の話
16人に1人…4人目の話

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16人に1人・・・4人目の話

16人に1人、女性の乳がんになる人の割合です。

本日は16人に1人の4人目の話を書きます。

私が知り合った乳がんの女性達の話です。
すでに3人の人の話を書きました。
下記にリンクしておきますので、そちらも読んでみてください。


乳がんという病気、この病気を身近に感じることになった人はこの人が最初です。
もう、15年も前のことです。

彼女は二人のまだ幼い男の子の母親でした。
家族は夫を含めて4人。

当事住んでいた横浜の家からは一つ坂を上りきったところに住んでいました。
元気で、ハキハキと自分の意見を言う彼女はみんなから好かれていました。

その彼女が乳がんだと聞かされた時にはとても驚いたものです。

そして、もっと驚いたのは、彼女の姉も同時に乳がんの診断を受けたことでした。
妹が乳がんだと知った姉はすぐに検診に行き、乳がんを発症していることを自分も知ることとなったのです。

家族性乳がんの典型的なものだったのでしょう。
ですが、同時期に姉妹で罹患するというのには少々驚きました。

彼女とは年もあまりはなれていない姉の乳がん発症に尚のことショックだったに違いありませんが、意外にも笑顔でサラリと話してくれました。
どのように返答したのか、もう15年も前のことですので忘れてしまいました。

前後の会話や出来事の記憶も、もう薄れてしまいましたが、ガンは遺伝性するのだということをしっかりと頭に刻んだ出来事でした。

これは食生活がどうの、ストレスがどうのというガンとは別次元のガンです。
自分の体に流れるものを知ってしまったら、肉体に仕込まれた悪しき物がいつ芽を吹き出すのだろうという恐れを抱きながら生活するということはどのような気持ちになるのでしょう。

姉妹は二人共既婚者で、頼るべき家族がすでにあります。

ですが、未婚者の女性が自分の中に流れる遺伝子の異常を知ってしまったら…。
結婚ですら二の足を踏まないのだろうか。
女の子を産むことに抵抗をおぼえないのだろうか。
考えると辛くなります。

ですが、彼女の姉のように、遺伝性だということを冷静に受け止め、検査をし、早いうちに乳がんを発見できたら、決して手遅れにはならないはずです。

家族性乳がんは両方の乳房に相前後して発症する可能性が高いことが特徴なのだそうです。
しかし、予後は良好といわれています。


彼女の乳がん切除はとても簡単に終わり、病院より戻ってきました。
その後何週間かして、千葉に購入した家に移ることになりました。

片方の乳房を失った体で、拭き掃除もままならないだろうと、友人と二人で引越しの手伝いに行きました。

荷物が運び出されたところを拭き始めると、住人である彼女はついつい手を出したくなります。
ましてや主婦です。あちこち汚れた部分が気になるのでしょう。

大丈夫だからと言って、一緒になって拭き掃除を始めると、すぐさまその様子を見つけた彼女のご主人が飛んできます。

「まだそんなに動いたらだめじゃないか!」
「じっとしていなさい!」
「疲れたんじゃないか?」

「優しすぎるご主人でよかったね」
「ああ、妬ける!妬ける!」

私と同じく引越しを手伝っている友人と二人で、さんざひやかしました。

あのご主人と子供がいれば、彼女は大丈夫です。
何年かして、彼女と偶然会いました。
とても元気でしたよ。

病気を知り、家族の愛を知る。
そういうこともあるのです。

家族性乳がんに関しては、BRCA1BRCA2という遺伝子の検査で判るらしいですが、専門のサイトで調べてください。

【16人に1人…他の話】
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16人に1人・・・3人目の話

16人に1人、女性の乳がんになる人の割合です。

本日は16人に1人の3人目の話を書きます。

私が知り合った乳がんの女性達の話です。

夫が大分から東京に異動して間もなく、夫の仕事の良き協力者となってくれた方がおられます。

大手ファッション雑誌の編集長をして後、縁あって夫と同じ仕事場になられた方です。
そういう経歴のある人なので、多くの情報と人脈をお持ちです。

私がが乳がんだということを知り、大変驚かれもしましたし、心配もしていただきました。
彼女がそこまで心配してくれるのはどうしてだろうと訝しくも思いましたが、すぐに理解できました。

彼女も乳がんだったからです。

出版業界の荒波に揉まれ、相当ストレスがあったのでしょう。
それでも、気付いたのは早く、乳がんの初期(ステージ1)だったということでした。

彼女は手術はしていません。
いわゆる保険治療である標準治療外で治療をし、完治に到っています。

最近とみにガンの治療情報としてネット上に出てくる免疫治療です。

どういう治療かというと、血液を採取し、その中の免疫細胞を取り出し、免疫細胞を増殖させ、再び血管からその増えた細胞を注入するという方法です。

iphone_20110925110042.jpg保険外ということもあり、相当額の治療費がかかっているということでした。

今はガン細胞の影も形もなく、元気に仕事をされています。

もう一つ重要視した方法は、温熱という点です。

湯たんぽとハクキンカイロを夏も離さず、身に当てているということでした。

これは彼女が信じている安保徹先生の健康法でもあります。

shinnrikoにも、湯たんぽをプレゼントしていただきました。
ありがたいことです。

標準治療外で考えるということは、ある程度自分でも情報が必要でしょうし、信頼たるべき医師を見つけなければなりません。
彼女はそれができる人です。

よくいう、藁をもすがる気持ちで治療法を探るというのではありません。

しっかりとした、知識と情報を元に自分の身をあずけるべく選択をしたということです。

情報、人脈、そして経済力、それらを持てる人を少し羨望もしましたが、私もまた、自分なりの選択肢をもって、去年から乳がんという招かれざるものと向き合ってきました。
大変満足というわけではありませんが、着実に乳がんの縮小または壊滅に向かっています。

何にもまして、毅然たる態度で自分の病気と向き合う姿勢は彼女に見習わなくてはならない点です。
病気を恐れず、闇雲に人を頼りとするのではなく、自分で学び、統合した知識で解決をする。

こんな人と知り合えて良かったと思う、そんな人です。
そしてまた自分も、人から知り合えて良かったと思われる人となりたい、と思うわけです。

乳がんに罹患する人はとても多くなりました。
生き様は千差万別です。
不幸にも病気に先を越されて、屈する人も多くいます。

そして、彼女のように自分で道を作る人もいます。


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16人に1人・・・2人目の話

16人に1人、女性の乳がんになる人の割合です。

本日は16人に1人の2人目の話を書きます。

私が知り合った乳がんの女性達の話です。

私のことを昔から慕ってくれていた年下のYちゃんという女性がいました。
もう20年以上も前に知り合いました。

4年くらい前、品川に住んでいた頃になります。
横浜に職場があった私は毎日東急目黒線を利用していました。
同ルートを走っている東横線よりも乗降客が少ないので、こちらの方によく利用していました。
通勤ラッシュの人波とは逆方向でしたので、小説を読みながら、の通勤はとても楽しいものでした。

ある日の通勤帰り、横に座った華奢で可愛い女性から声を掛けられました。

「shinnrikoさん、久しぶりです」

ああ懐かしい、彼女です。

電車が乗換駅に着く僅かの時間に、そんな偶然の再開を喜びました。
そして、彼女は明るい声で、話を切りだしました。

「私・・・乳がんになったんです」

私は何て返事をしたのでしょう。
まるっきり覚えていません。

ありきたりの言葉だったのでしょうか、感動の励ましの言葉だったのでしょうか。

その頃の私は乳がんの知識はまるでありませんでした。

とにかく、彼女の明るい表情だけが、印象に残っています。


傍から見て不幸そうに思える話。
試験に落ちた、失恋した、離婚した、病気になった、死んでしまった。
 
周りの人たちは善意で励ましてくれたとしても、実際に自分の身になってみないと判らないことは多いものです。

乳がんになったと告げられた時の私の態度は、顔つきは、今、私の周りにいる人たちと同じリアクションだったのだと思います。

みなさん、押し並べて・・・しばしの沈黙。

私だって、いろいろな人にコクっているわけではありません。
大事な人、必要と思える人、必要最低限です。

だけど、今から考えると、この人には言ってはいけなかったな、と思う人が何人かいます。

メールで「何と言ったらいいか…」とよこした人がいました。 
「何と言ったらいいか…」・・・その後に続く言葉…“ご愁傷様”みたいな言い回しはとっても失礼だと思った。
「貧乏くじ引いたのね、残念でした」・・・みたいな言い方。

「あなただったら治るよ、神様が守ってくれるし、私も応援してあげる」とストレートに言ってくれる人の方を信頼するな。 
 
たぶん・・・Yちゃんは「私が応援してあげる」という言葉を待っていたのかな?
慕ってくれていたYちゃんだもの。

4年たって、明るかった彼女の本当の気持ちが判るよ。

ガンになったからといって不幸ではないよ。
16人に一人の話。
よくある話なんだよって。

そして、治療法だってひと昔前と違って格段に良くなっています。

彼女はちゃあんと元気ですよ。

追記
20人に1人という題でこのカテゴリーを書き始めましたが、乳がんの患者数はどんどん増え、やっぱり16人に1人の題名に直すことにしました。来年15人に1人と書き換えることはないでしょうね。

【16人に1人…他の話】
16人に1人…1人目の話
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