猫の額ほどの話 

猫好きshinnriko(シンリー)です。昨年より乳がん治療中です。術前抗がん剤を経て手術療法、そして再手術。転居後、大学病院で放射線治療を終え、1年3ヶ月のハーセプチン+タキソール治療。最近(2014年初夏)転移と思われていた肺の一部切除しました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

父親のがん

私の父親は13年前、大腸がんで亡くなっています。

父親は5年間をガンと闘う事になりました。
最初はS状結腸に腫瘍が見つかり、すぐに手術をしました。
その後、直腸がんになりガンを取り去ったのち人工肛門を付けることになりました。
転移ではなく、また新たにガンを作ったのだと、父親の主治医は説明してくれました。

二度の手術の後、父親は精神的に異常をきたすようになりました。

母親は大学の付属病院と精神病院を往復する日々が続きました。
言葉には言えないほど大変だったと思います。

父親は優しい顔立ちをしていましたし、顔立ちどおりとても優しい父親でした。
そういう人でしたので、親戚からもとても好かれていました。

そういう人がどうしてそこまで、肉体と精神とを傷つける病に犯されてしまったのか。
いまだに何故だろうと思うのです。

遠方に住んでいた私は、手術前後の10日間くらいしか看病できませんでした。
その10日の間でさえ、父親は大変手のかかる病人でした。
たぶんその10日間ですら私は限界でした。

手術後、麻酔から目覚めた父親は理解不能なことを発するようになりました。
点滴の管をひっぱって外しますので、とうとう抑制するためのベルトを両手両足に付けられることになりました。
昼間は抑制のベルトを外しますので、誰かがずっと見ていなければならなくなりました。

普通なら完全看護で病院に付き添いをすることはないのかもしれませんが、そんな状態の父親なので、夜の付き添いもしなくてはならなくなりました。

目を離した隙に、点滴の管を抜き、とうとう外れた管から逆流した血液でベッドの周りを汚してしまいました。
我に返った父親が悲しい目をしてたたずんでいました。

点滴の管を常に触りますので、あるときその手を私が払ってしまいました。
その瞬間、恐ろしいほどの後悔が私を襲うことになりました。

優しい父親の腕を払ってしまった。許されることではない、父親に対してどうしてそんなことをしたのでしょう。申し訳なく、涙が出ました。
ずっと苦い思い出として心にひっかかっています。

「おじいちゃんはとても優しい人だったじゃないの、どうして分けのわからないことをするの?」
涙ながらに訴えると、その瞬間我に返り、その後笑顔になりました。

10日間でしたが、とても大変な看病をしました。
その後、母親はもっと大変だったでしょう。


父親には誰もガンだということを話しませんでした。
主治医も「高齢なので話さないでおきましょう」と言っていました。

そうかといって、父親は大変な手術がいったい何の病気だったのか。判らないはずはありません。
聞くに聞けない、悩みとなっていたに違いありません。
十数年前は告知しないというのが普通の事だったのだと思います。

ガンを患っている人は、今なら自分の病気がガンだということを知っています。
どういう治療をするか、自分でしっかりと把握できます。
不安におののくことはないはずです。

父親の手を払ってしまったという自責の念は今でも心の奥で痛みます。
十数年たって、私が今度は乳がんとなってしまいました。

知識を得ることも必要です。
それと共に、心をしっかりと平静に持ち、治療していかなくてはならないと思うのです。

心は大切です。
揺れる心のないようにしていきたいと切に思うのです。

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ 
スポンサーサイト

*** COMMENT ***

Re: NO TITLE

>チャーミー6さん

 そうですね。
 
 あの頃よりもずいぶん進歩しているのでしょうね。

 実は父親の時にはただ切りとった、という記憶しかないのですが。
 
 将来、母親の介護ができるようにしなくっちゃ。
 ところが、母親は長生きの家系でね。
 私、がんばらなくっちゃ。

Re: NO TITLE

>AGAさん

 AGAさんはできていることですよ。
 人のめんどうを見られる人はすでに自分のことは卒業です。
 
 shinnrikoはこのところ不安神経症みたいになっているので、自分のことばかりでイカンです。

 

Re: NO TITLE

>~purasu~さん

 介護は大変ですよね。
 私には無理・・・と思っちゃいました。

 年をとっても、ボケない、人に迷惑かけない、自分のことは自分でできる。
 なんてことはできないのかな?
 
 私は最近すでに怪しい。
 しっかりしよう!

NO TITLE

お父様もshinnrikoさんと一緒の時間を過ごされて嬉しかったと思いますよ・・・

私も、6年前に亡くなった祖母に謝りたいことがいっぱいあります!
一昨年、不安症になった時は毎日のように泣いていました

祖母も15年ほど前、乳がんで両胸を取りました
その頃より、どんどん医学が進歩しているので
私たちはまだ、幸せなほうかもしれませんね~(^-^)

NO TITLE

知識を得ることも必要です。
それと共に、心をしっかりと平静に持ち、治療していかなくてはならないと思うのです。

同感+共感します。 

AGAにはできないことかもしれんけど、、、、



NO TITLE

こんばんは~

癌を隠すのは、大変ですよね。
うちの先日話した祖母も癌でなくなりました。
93歳と高齢でしたので、本人には知らせずでしたが
介護していた母と私は大変でした。
祖母は高齢だったので、どのみち手術等は無理でしたが
やっぱり自分で知らないと、ダメですよね・・・

COMMENT投稿

管理人にだけ読んでもらう

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。