猫の額ほどの話 

猫好きshinnriko(シンリー)です。昨年より乳がん治療中です。術前抗がん剤を経て手術療法、そして再手術。転居後、大学病院で放射線治療を終え、1年3ヶ月のハーセプチン+タキソール治療。最近(2014年初夏)転移と思われていた肺の一部切除しました。

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私の病歴 その1…耳下腺腫瘍

私の腫瘍は乳がんが始めてではありません。

もう20年ほど前になります(正確には19年前)。

当事、子供は小学校に通っていました。
ヤンチャではなかったのですが、いつも保健室のお世話になる子でした。

秋のある日のこと、その日も保健室の先生から電話がかかってきて、近くの外科の病院に連れて行きます。
との事でした。
病院に駆けつけると、オルガンの角で頭を打って3針ほど頭を縫う怪我を負っていました。

一応私も親ですので、心配しました。
待合室で待っている間、何気なく頬に手を当てると、小さなコリコリとしたシコリが指に触れました。
どうせ、吹き出物でもできたのだろう、と高をくくり、そのことを忘れてしまいました。
それよりわが子が心配です。
外科の診察室から保険の先生と出てきた息子は「オルガンに“おるガーン”って当たっちゃった」とバカな事を言っていました。

しばらくたって、息子の頭の傷が治る頃になっても頬のコリコリはなくなりませんでした。
それより、以前より大きくなっているような気がしました。
ちょうど左耳の耳たぶの前あたり。
固いシコリでした。
でも固まりは凸凹とした感じはありませんでした。

そろそろマズイなと思ったのが2センチばかりになった頃。
どのくらいで大きくなったかは、当事ブログや日記を付けていませんでしたので、正確には判らなくなりましたが、2ヶ月くらいだったのではないかと思います。

このまま大きくなったら、顔が歪んでしまいそうです。
ほおって置いて、もしガンだったらと思うと、ゾッとしました。

主人も心配してくれて、知り合いの医師に聞いてみてくれました。
大学病院で当事女性では珍しかった外科手術をしていた経験があり、現在はガンの検診医をしているということでした。

横浜で主人と共にお会いし、顔にできた腫瘍を見てもらいました。
腫瘍自体にゴツゴツした感触がないので、良性ではないかということでしたが、できた場所が問題だと言われました。
耳の前には三叉神経が走っており、神経を傷つけてしまうと、一生顔面麻痺になる可能性を言われました。

熟練した技術をもった外科医でないと対処できないということで、その女医さんの先輩の医師を紹介してくれました。

紹介された先輩医師も同じようなことを言っていました。
顔は簡単な手術ではないそうで、大学病院の形成外科を勧められました。
「教授よりも現在臨床の多い助教授の方が上手かもしれないよ」と冗談めかしながら、紹介状を書いてくれました。
数日後、助教授への紹介状を持って大学病院の形成外科を受診しました。

内部事情はよく判りませんが、お医者様同士の紹介というのは、疎かにできない患者と見なされるのでしょうか。
長らく待たされる大学病院でも何だかスムーズです。

検査の日取りが決められました。
乳がんの検査とだいたい同じような検査です。
初めての超音波診断とCT。
CTでは造影剤を注射するのに苦労し、帰ってからは頭痛はするし、二度と嫌だなと思ったものです。

極めつけは細胞診、針生検をします。
巨大な注射器状のものを見たときには恐ろしさを感じました。
頭や顔を押さえつけられて、針が頬に当たるのを感じると生きた心地がしませんでした。

現時点での腫瘍の大きさは3センチ、手術方法は顔の腫瘍部分を10センチ切除する。
ということでした。
なんて恐ろしいことを、サラリと言ってくれる先生です。

私のカルテには耳下腺腫瘍と書かれていました。

検査結果の日まで、「顔に10センチ」という言葉が何度も頭をよぎりました。

ジタバタしてもしょうがないと思ったある日、顔の腫瘍が何だか柔らかくなっているような気がしました。
検査結果の日、そのことを医師に告げると、首を傾げて、「一ヶ月様子を見ようか」と明るく言います。

その日から顔の腫瘍をさすりながら「小さくなーれ」と念じていました。
本当に日に日に小さくなってきました。

次の年の正月が開けた診察日には顔の大きな腫瘍はなくなり、頬はま平らになっていました。

主治医にそれとなく聞いてみました。
「腫瘍は何でなくなったのでしょうか」
主治医はまたもやサラリと答えます。
「出来た物は、無くなる事だってある、でしょ」

無から有、有から無
まるで禅問答のような答えです。

それっきり、通院することを求められませんでしたので、たぶんその腫瘍は良性だったのでしょう。
それでも面倒な手術になるに違いない腫瘍切除を回避できました。
4~5ヶ月の病院通いでした。

出来るものは無くなる

この言葉が今も耳に残っています。

乳がんだって、出来た物は無くなることだってあるでしょう。
希望を持ちながら、「小さくなあれ」「小さくなって無くなっちゃえ」と念じています。

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*** COMMENT ***

チャーミーさん

>チャーミーさん

 あの頃は若かったしね。
 免疫力も旺盛だったかもしれません。

 もう一度消えてしまう感動を味わってみたいけど。
 すこ~し固まりらしきものがあるの。
 いや~ね。
 
 もっと、楽しいことをもっとしないとね。

NO TITLE

うあ~!消えてなくなるなんてすごいです!

針生検の辺りからドキドキしちゃったけど、良かったぁ~
免疫力がアップしたのかな?

shinnrikoさんの乳がんも「消えちゃえ!なくなっちゃえ!」

Re: うちの母にもあります

>たんぽぽの詩さん

 お母様もあるのですね。

 粉瘤やガングリオンだったら簡単に無くなるのでしょうけど、
 腫瘍ってどうしてできるのでしょうね。

 主治医は「ガンが簡単になくなる病気になったら、他の病気が蔓延してくるかもしれないね」
 と言っていましたが、そうなのかもしれません。
 機械だって病気(故障)になりますしね。
 存在するものすべてに科せられているのですよ。
 

Re: ハラハラ

>トリテンさん

 ハラハラさせてしまってゴメンナサイ。

 もう20年も前の事です。
 
 私の免疫力は海ですね。
 きばって、魚を釣ります。
 魚を食べて消えてくれたらありがたいですね。

 でも釣れないの…ガッカリ。
  

うちの母にもあります

母にも丁度同じ所に良性の腫瘍があります。
ずーっと前からで、少しずつ大きくなっています。
やはり取るのは難しいし、良性だからと様子だけ見ています。
残念ながらなくなりませんが、
なんとか悪さをしないでいてくれているようです。

自分で作った物は自分で無くすこともできるのですね~
時々聞きますよね。

小さくな~れ 小さくなって無くなっちゃえ!ですね

ハラハラ

ドキドキしながら読み進みました。よかったですね~
癌が消えてなくなった、という話もよく聞きます。
その体験談から「これを飲め」「あれを食え」と藁にもすがりたい足元をみた商売が盛んになるわけですが。
免疫力やストレスを溜めない、前向きに生きる力も大切ですね。
できたものは消えることもある、というのは名言ですね。shinnrikoさんの癌が消えることをお祈りします。

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私の腫瘍は乳がんが始めてではありません。 もう20年ほど前になります(正確には19年前)。 当事、子供は小学校に通っていました。 ヤンチャではなかったのですが、いつも保健室のお世話になる子でした。 秋のある日のこと、その日も保健室の先生から電話がかかってきて、...
2012/06/26(火) 17:56:40 | まとめwoネタ速neo
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